我が家の床下浸水
2004年11月5日毎日新聞掲載
文:立川志の輔

 目を覆うような事件、、災害が続くと、その前に起こった事件や災害はどんどん速い記憶のかなたへ。
 あちこちで甚大な被害を与え、東京をも襲った台風23号のこと、まだ覚えてらっしゃいますか?

 我が家の地下室に、浸水という被害を与えて去っていった台風23号。

 10月20日。その日は夕方から雨が強烈に降り、夜遅くには、道路は川になりました。

 洪水の二文字そのままに、雨を寄せ集めて流れる川、川、川。

 我が家が突然まっ暗になったのは午後11時を過ぎたころだったでしょうか。

 ブレーカーが飛んだに違いない。とにかく懐中電灯を探します。これに案外手間取りました。

 ブレーカーボックスを開け、ブレーカーのスイッチを上げようとしてもこれが上がらない。

 原因は何?

 不安な気持ちで、こういうときはローソクだと思いはするものの、見つからず。情けない気持ちが沸々と沸き起こり、つかの間の闇に不安が広がります。

 さあ、次にやったことは、懐中電灯で電話を照らしながら、104で東京電力の緊急電話番号を教えてもらい、祈る気持ちでダイヤルします。

 こんな台風のさなかだもの、ツーツーのお話中だろうと覚惜していたら、すぐにつながり、住所と名前をつげると「折り返し、担当部署から連絡がありますからお待ちください」という心強い答えが返ってきました。

 こちらの状況を伝え、それに応えてくれた人が少なくとも一人はいたというそれだけのことがこんなに人を安心させるものだとは。

 返信の電話の早かったこと。

 「すぐにおうかがいします」

 到着のこれまた早かったこと。ありがたい。

 ブレーカーボックスを開け、テスターで迅速にあちこちをチェックするプロの作業。この人ならなんとかしてくれる、と心細さが消えました。

 彼はきっぱり言いました。

 「原因は地下室にあるとしか考えられませんね」

 あそこには、タンスと冷蔵庫があるだけだけどなあ、と私はぼんやり地下の様子を想像します。

 降りて地下室のドアを開けたとたん、私の目の前に現れた光景は、水深5aほどのプール状態になった6畳でした。

 漏電してブレーカーが落ちたのが停電の原因。

 近所でも同じ被害があったらしく、区からお見舞いやら調査やらでお世話になり、泥の臭いでいっぱいの地下室では、今も大型扇風機が24時間回り続けています。後はじゅうたんを取り替える程度ですんでほんとによかった。

 この程度でもかなりあわてふためき情けなかったのですから、もう、最大の被害の渦中にある方々の心労はいかばかりか。

 災害の中、安全を監視し、救助に向かう方々に感謝しながら、心よりお見舞い申し上げます。


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