あなたの正常性バイアス
2004年10月29日毎日新聞掲載
文:立川志の輔

 大地が揺れるというのは、ほんとに怖いものですね。足元からくずおれる恐怖。

 あの土曜日の夕方6時、私はと言えば、昼の部の落語会を終え、打ち上げが始まったばかりの居酒屋におりました。

 今までに体験したことのないかなりの揺れが3度も。それでも誰一人としてそこを動く者はなく、机の下に隠れる者もいませんでした。

 口々に

 「おい、大丈夫かよ、これはちょっとすごいんじゃないの?」

 「おいおい、まただよ。かなりだよ、これは、いつもとは違うよな」

 「こりゃあ、震度3じゃあきかないな」

 「やっぱ、4でしょ」

 と言いはするものの、心のどこかで大丈夫だろ?と思っているのがありありな様子でした。

 あ、この状態だ!と私が思い出したのは「正常性バイアス」という言葉です。

 耳慣れない言葉ですが、これは、防災の日にNHK「ためしてガッテン」で災害心理学の第一人者の先生から聞いた専門用語。情報社会で人間が災害から逃げ遅れる一因となる心理を表した言葉なのです。

 以前は、災害が起きたときにパニックになることが一番心配されていました。ところが、パニックを避け冷静に対処しなければという心理が過度に働くと、今度は人は自動的に危険に対して感度を下げる癖があるというのです。

 日々、さまざまな情報にさらされていると、いちいち危険を恐れていては身がもちません。ストレスを解消するために、私たちは危険に対して知らず知らずのうちに感度をさげて暮らしているらしいの
です。

 番組での実験がそれを証明していました。

 単に面接をするからという設定で呼ばれた学生が1人で待機している部屋に、無害だけれど刺激臭のある白い煙を部屋の隅から送り込みます。が、たいして気にはとめません。煙に気付いてはいるのに、外へ出て誰かに知らせようとは思わないのです。3人一緒に部屋で待機しているともっと不思議なことが起こりました。1人のときより、のんきになったのです。

 気にした1人がいたとしても、あとの2人がのんきに構えているので、あえて感度を下げ一緒にのんきになったというわけです。

 23日の打ち上げ状態とまったく同じでした。

 特に、私らの場合は落語家が集まっていましたので、もしあわてふためいて何もなかったら後で恥ずかしいし、という心理が多分に働いたものと思われますが。

 しかし、危険が迫っているなら恥だなんだと言ってる場合じゃあないのに……。

 揺れて危険を察知していながら、逃げ遅れた方の中にはこの正常性バイアスが働いた方もいたのではなかったか。

 今日もまた地震がありました。恐怖とあきらめのはざまで、俺は大丈夫だろ、と思ってる私ら。

 防災用品を揃えてはいても、最後の最後まで、でも大丈夫だろと思い続けている私ら。

 今、それどころじゃない大打撃を受け、被害の真っ最中の方々、心よりお見舞い申し上げます。

 お願いだから、大地、静まってくれ。


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