NHK「プロジェクトX」の私は大ファンです。
登場する人々は決して特別な人ではありません。大それた野望からではなく、そのとき、とりあえず目の前の窮地をなんとかしたいと動いた人たち。それは誰にでもやってくる可能性のある緊急事態。
ひょっとしてそれは明日かもしれない……自分だったらどうするだろう、そんな共感を起こさせるのが人気の秘密でしょう。
今年1月放送の「撃墜予告 テヘラン発 最終フライトに急げ」を、今この時期、紙上再録させていただきます。
ときは1985年。イラクがイランの首都テヘランを空爆。イラン駐在大使だった野村豊さん58歳は、在住日本人に緊急勧告を出しました。
当時日本の航空会社はテヘランに乗り入れていなかったため、外国の航空会社カウンターに日本人が列をなしたのは当然の話。それに対してドイツの航空会社が「わがドイツの国民が最優先。次にEC加盟のヨーロッパ人。残念ながら日本人の方々のお席はありません」と、これもやむをえないことでしょう。
戦場化したテヘランに取り残された多くの日本人の不安と苛立ち。しかも、明後日の夜8時半からイラン上空を飛ぶ民間機は撃墜する、とイラクのフセインが予告したため、事態はますます緊迫。
野村さんは、外務省に救援用特別便の派遣を要請しましたが「イラン・イラク両国から安全保障を取り付けなければ飛行機は飛ばせない」という答えがかえってきました。
外国の航空会社に頼み込んでもまだ200席以上足りないと頭を抱える中、トルコの大使が本国に電報を打ってくれました。イランで共に苦労しあった野村さんを見るに見かねての行動でした。
トルコ政府から「明日、トルコ航空が日本人のために特別便を飛ばします」といううれしい知らせ。
当日、離陸体制に入った機長に居いた一つの悪い知らせは「イランから運行許可が出ない」。今度はイラン外務省へ走る野村さん。どうにか許可が出たのは1時間後。
総勢215人を乗せたトルコ機が離陸できたのはイラクの攻撃開始3時間前。戦闘機ではないことを示すため、ジグザグ飛行を強いられたトルコ機内では、手に汗にぎり祈り続ける乗客の姿がありました。長い長い時間の末、「ウェルカム・トゥ・ターキー」と機長のアナウンスが流れた瞬間、機内に上がる大歓声。
ターキー、そうトルコ領空に入ったのです。
14年後に起きたトルコ大地震の際、この時の乗客だった銀行マンや商社マンたちが義援金をトルコに贈ったのは言うまでもありません。
14年前、操縦桿を握ったトルコ機長アリさんは言いました。「日本の人が好きです。親近感を持っています。また同じ任務を頼まれれば喜んでやろうと仲間と決めています」
今のこの時期、見た人にはもう一度思い出していただきたく、見逃した人には是非この話を知ってもらいたかった次第です。
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